第10回学術集会「医療安全を支えるヒトを知る-医療安全の実践・教育へ活かすために-」をメインテーマに、ヒトの認知・行動という側面から医療安全の問題について議論が交わされました。

2022年10月16日(日)、医療安全実践教育研究会第10回学術集会が、オンラインにて開催されました。今回は医療現場を支えるヒトの認知・行動に関する話題を取り上げ、「医療安全を支えるヒトを知る-医療安全の実践・教育へ活かすために-」をメインテーマに、様々な視点から講演、シンポジウムや一般演題発表が行われました。


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学術集会は、滋慶医療科学大学大学院 医療管理学研究科 教授の大石雅子先生に座長を務めていただき、「医療安全を支えるヒトを知る-医療安全の実践・教育へ活かすために-」と題した石松一真大会長(滋慶医療科学大学大学院 医療管理学研究科 教授)による講演で開幕しました。ヒューマンエラーをはじめとした安全の問題を考えるうえでの基本を概説された後、注意やコミュニケーションの問題について、具体的な研究成果を紹介しながら、医療安全の実践・教育へ活かすためのヒントについてお話しされました。また適宜、特別講演や基調講演、シンポジウムとの関連が説明され、本学術集会において議論を行うためのベースとなる話題提供となりました。


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続く特別講演は、浜松医科大学 医学部 医療法学 教授の大磯義一郎先生に座長を務めていただき、京都大学大学院 情報学研究科 教授の熊田孝恒先生より、「人工知能と人間の認知特性-人間は人工知能とどのように恊働できるのか-」と題してご講演いただきました。まず人工知能(AI)の技術の現状をわかりやすく解説された後、いくつかの研究事例を上げながら、人間の心を模した、あるいは人間の心を理解するAIが可能なのかを、人間の心の性質という面から考察されました。最後に、この先、我々は人工知能をどのように社会に受け入れていくのかを考えるうえでの課題についてお話しされました。医療を含め、様々な場面で人間の生活を変える可能性のあるAIとの付き合い方について、考える機会となりました。


一般演題では、滋慶医療科学大学大学院 医療管理学研究科 研究科長・教授の和佐勝史先生に座長を務めていただき、以下の2題が発表されました。
第1題は「人工呼吸器に関連したインシデントとリスク認識後の確認行動について」と題する医療法人医誠会 医誠会病院臨床工学部の加藤貴充氏による発表で、人工呼吸療法に関するヒヤリハット事例と事故事例を比較した結果が示されました。また事例内容から当事者の行動に関わるキーワードを抽出し、特に「確認」行動が記載された事例について、リスクテイキング行動(不安全行動)につながったメカニズムについての考察がなされました。
第2題は「看護学生の援助場面における変化への気づきに変化対象の重要度が及ぼす影響-変化検出課題は自己の注意傾向の自発的な気づきを促す-」と題する大阪医療看護専門学校 看護学科の松岡清子氏による発表で、援助場面における看護学生のハザード(人や物に害を与える可能性を生み出す行為ないしは現象)への気づきに影響する要因を実験的に検討した結果が報告されました。また研究成果を踏まえ、自己の注意傾向の自発的な気づきを促すための教育ツールの開発可能性についても言及されました。



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基調講演では、滋慶医療科学大学 医療科学部 臨床工学科 学科長・教授の廣瀬稔先生に座長を務めていただき、大阪大学 名誉教授の臼井伸之介先生より、「事故・エラー生起に係る人間の心理・行動特性とは?-人間は変わる、人間は変わらない-」と題してご講演いただきました。人間のいかなる心理・行動特性が事故・エラー生起に係わるのか、またその特性を踏まえた上での効果的な事故防止対策とは何かについて、先生が調査委員となった鉄道事故と医療事故を事例にお話しされました。人間は教育・訓練などで変容する存在であるものの、変えることは難しい頑健な特性を持つことを十分理解した上で、事故の防止には、ハード、ソフト、マネジメントなど多方面から対策を講じることが重要であることを再確認する機会となりました。


シンポジウムは、「レジリエンスエンジニアリング再考」と題して、工学、心理学、医学の専門家から、レジリエンスの捉え方や位置づけ、現場に実装するための工夫や取り組みが紹介され、活発な議論が行われました。座長は滋慶医療科学大学大学院 医療管理学研究科 教授の宇田淳先生に務めていただきました。


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最初に、東北大学大学院 工学研究科 准教授の狩川大輔先生から、「レジリエンスエンジニアリングがもたらした変化と課題」と題して、レジリエンスエンジニアリングやSafety-IIの定義や捉え方、Safety-IIやレジリエンスの概念が学術的に確立されたことの意義についてお話しされました。その後、レジリエンスエンジニアリングに関連した様々な取り組みと現状を紹介しながら、日常の臨床業務環境の現実を知ること、"Explaining instead of Judging"の視点の重要性などについて言及されました。


次に、滋慶医療科学大学大学院 医療管理学研究科 准教授の岡耕平先生から、「医療とレジリエンス-レジリエンスをどう評価するか-」と題して、レジリエンスの評価という観点から、既存のレジリエンスの評価手法を概観し、現状と課題についてお話しされました。また研究室で取り組んだ研究の成果の紹介を交えながら、レジリエンスポテンシャルを訓練する際の“コツ”や今後の展開などについて言及されました。


最後に、近畿大学病院 安全管理部 教授の辰巳陽一先生から、「動的なレジリエンスを医療現場へ還元するために-インシデント・アクシデントをポジティブに微分する-」と題して、チーム医療の視点から、組織においてレジリエンス/Safety-IIを実践するポイントとして、多様性を認識し、個人を責めず、相互に連携しながらチーム活動を認識することの重要性についてお話しされました。また、レジリエンスのエッセンスを言語化し、院内で共有する取り組みとして、近畿大学病院で導入している「ポジティブ・インシデント報告」を紹介し、レジリエンスの院内実装化の道のりについて説明されました。


その後のディスカッションでは、個人だけではなく、チーム・組織の視点でレジリエンスを考えることの重要性、心理的安全性の重要性、現場の人間から本音を引き出すための工夫や医療安全における管理者やリーダーの役割の重要性等について、各シンポジストと座長、参加者の間で活発な議論が行われました。


閉会の挨拶として、和佐勝史代表世話人から、オンラインによる学術集会が無事に終了したことに関して、参加者、演者、座長をはじめ運営スタッフに対する謝意が述べられました。また、本日の研究会の内容が、明日からの現場での医療安全につながれば幸いであるとのお話がありました。


最後に、2023年10月15日(日)に第11回学術集会が開催されること、次期大会長として滋慶医療科学大学大学院 研究科長・教授の和佐勝史先生が担当されることが紹介されました。和佐教授より、次回は専門分野を生かし、臨床現場に沿ったテーマを考えているとのお話があり、本学術集会は盛会のうちに終了しました。

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