第2回学術集会 多職種連携教育で活発な議論が行われました。
―医療安全実践教育研究会の第2回学術集会―
医療安全実践教育研究会は、滋慶医療科学大学院大学との共催による「第2回学術集会」を2015年1月25日(日)、大阪市北区の大阪大学中之島センターで開催しました。今回のテーマは「多職種連携による医療安全教育の展開とその方法論」。会場には多数の医療関係者が集まり、午前10時から午後5時までの終日、医療安全に関する教育・人材育成の方法など講演とともに、講師と受講者との意見交換を含めて、活発な論議を展開しました。
―患者情報を共有するインフラ整備―
「地域包括ケア体制における患者安全を考える」と題して、滋慶医療科学大学院大学の武田裕学長(大会長)が講演。武田氏は、2015年問題(団塊世代が75歳以上の後期高齢者)を契機に、医療・介護の機能再編の方向性を示すとともに、地域包括ケアに言及しました。地域医療・介護総合確保推進法案により、医療法改正など準備が進んでいますが、在宅医療・介護を支えるには「病院、診療所、介護施設が相互にネットワークを構築して、患者情報を共有するインフラ整備を急ぐべき」としています。
また、患者安全へのアプローチとして、これまでは「事故が起きたら、どうするか(失敗を減らす)」(セーフティⅠ)という考え方でしたが、これからは「事故が起こらないようにするには、どうするか(成功を増やす)」(セーフティⅡ)というように、意識改革の必要性を説きました。そして「レジリエンス(復元力)に注目していきたい」としています。
―システム指向の患者安全マネジメント―
一方、最近起きた大病院での投薬ミスに関連して、処方―調剤―与薬(取り出し、確認、投与)プロセスの誤作動が原因だとして、「普段からフロー図を描いて、予測しておくことが必要」といいます。「医療は本来、システムそのもの。激変する医療環境に対応するには、システム指向を重視すべき」としています。「患者の情報収集―情報統合と意思決定―行動・行為~によって、最適な状態にする」(最適制御プロセスの実現)のが目的です。そして、「システム指向の患者安全マネジメント」として、セーフティⅡの考え方に加えて、“サイバネティクス”(システムを作動させる科学、フィードバック系の科学)の発想、手法による“システム指向のサイバネティク・マネジメント”の導入を提唱しています。
―医療の新天地開拓は日本の責務―
次いで「医療安全と医学教育」と題して、新木一弘氏(厚生労働省初代医療安全室長文部科学省元医学教育課長、南魚沼市立ゆきぐに大和病院)が特別講演を行いました。新木氏は両省での医療行政の経験を振り返りつつ、「南魚沼産のコメは良質、酒も上手い」などと、地元・新潟のPR画面を交えて、会場を和ませていました。
今後の医療をめぐるキーワードは、高度・高質・多様な医療ニーズへの対応、医療コストの増大、少子高齢化と都市化の進展、新産業としての期待~などを挙げました。そして、質が高く、信頼させる医療を実現して、世界、アジアに向けて「医療の新天地を拓くのは日本の責務」だと語りかけました。
―実践的な職業教育で医療人を養成―
一方、最近、看護系医療大学が急増していることに触れて、「職業教育として、実践的な人材の養成を期待したい」としています。医療安全に関連して、安全から質全体へと視点を広げ、①教育に要する人材と予算の確保②教育が報われる処遇の確立③教育の質の保証~など医療人材養成の課題を挙げました。
また、地域医療に関して「住んでいる地域の医療が大切」として、「地域医療の質とは何?」と問いかけました。地域医療の質を測るには「まず診てもらえる。必要な医療が受けられる」ことを前提に、「①人の評価②医療機関の評価③地域の評価―について“数値化”できればいいが」としています。
午後からのシンポジウムでは、4人の講師が講演しました。
―シミュレーション手法で多職種連携―
中村京太氏(横浜市立大学付属市民病院総合医療センター高度救命救急センター担当部長)は「シミュレーションを使用した院内教育」と題して講演。同病院は、シミュレーターを使用しての教育手法の重要性から、平成18年度にスキルラボを開設、19年度から「シミュレーションセンター」として、運用を開始しました。
開設当初は、目的はもとより、「存在と場所の認知から始めました」。学内の多くの部門による運営委員会を設置するなど、院内に理解が広がり、診察手技、蘇生関連、カテーテル講習など、基本から応用に至るまでのスキルトレーニングを実施しました。トレーニングなど実習や講習を通じて、「練習すれば誰でも動ける」「事務員も重要な働きができる」「クリニックが一丸となることが必要」などの声が寄せられています。
そして、病院内にもシミュレーション手法を持ち込むことによって、「多職種連携の具体的な戦略を検討できる」「全体像が把握でき、イメージがわきやすい」「情報共有によって、人員の効率配置、確実な指示」などの効果が出ています。「意見を出すことで、今まで以上に仲良くなります」。何よりも、まじめな取り組みが「楽しい」とのことです。
―マシュマロチャレンジでノンテクニカルスキル―
中島和江氏(大阪大学医学部附属病院中央クオリティマネジメント部部長)は「多職種チームメンバーによる参加型医療安全教育~マシュマロチャレンジの応用」と題して講演。
マシュマロチャレンジは、スパゲティー、マスキングテープ、ひも、マシュマロを使って、自立式のタワーを作るというゲームです。コミュニケーション、チームワーク、リーダーシップ・フォロワーシップなど、「医療現場で必要な“ノンテクニカルスキル”を学ぶ」など、研修に適しています。
このゲームは、4-5人が1組になり、18分間という制限内に高さを競うわけで、「グループディスカッションによって、チーム全体のパフォーマンスをつくる」ことになります。同じ課題、道具(教材)を使いますが、違うのはメンバー構成。そこで「リーダーを決めるなど役割分担、情報収集、意見交換、時間経過、行動力、連携・協調など、行動スタイルが認識できます」としています。
中村氏と中島氏の講演を聞いて、長谷川剛・上尾中央総合病院院長補佐・情報管理部長は「マシュマロチャレンジは、専門的知識ではありませんが、医療現場でのノンテクニカルスキルを気づかせます。シミュレーションは、蘇生をどうするかなど、まさに医療現場に密接に関係します。違いはありますが、ともにユニークな教育手法ですね」とコメントしています。
―看護と介護の連携教育~チーム医療~地域包括ケア―
豊田百合子氏(大阪保健福祉専門学校副学校長、前大阪府看護協会会長)は「チーム医療の必要性と課題~健やかないのちと生活のための“安全”をチームで創る」と題して講演。チーム医療の本質として「相互協力、説明責任、役割分担の明確化~良いコミュニケーション、ゴールの共有」を挙げています。また、チーム医療における課題は「専門性志向」「患者志向」「組織構成志向」「協働志向」の調整とされています。
豊田氏は、看護部長時代の経験を踏まえて「病院には職種の違ういろいろな人がいます。コミュニケーション能力は? リスクの感性は?」として、ヒヤリ・ハット報告では「確認不足、思い込み、気持ちのあせりがミスにつながっています」。そこで「第三者の評価、患者が訴える場の提供、看護業務と看護体制のあり方」の必要性を感じていました、とのことです。
また、多職種連携教育の一環として、大阪保健福祉専門学校で昨年4月から導入している「看護と介護の連携授業」を紹介しました。看護学科と介護福祉科の学生を対象に、高齢者の健やかないのちと生活を守る日常生活の援助という共通点がある一方、「価値観やアプローチに相違点があります」。講義、演習と学習が進むに従い「共に学び、学びあうプロセスを経て理解が深まりました」。地域包括ケア時代の医療安全に向けて「職種の壁を越えて“共通言語”が必要」としています。
―実践的な問題解決能力~新たな医療安全教育―
江原一雅氏(滋慶医療科学大学院大学研究科長)は「医療安全を教えるヒトの育て方 神戸大学病院および滋慶医療科学大学院大学での経験を踏まえて」と題して講演。江原氏は「医療機関において、多数・多様な職種・職位、経験年数の異なる職員の教育は至難のワザ」とした上で「講義は記憶に残る割合が低く、最も記憶に残るのは“教える”こと」だといいます。
神戸大学病院時代には、新任の「質・安全マネージャー」に対して、医療安全に関する知識も大事ですが「問題解決能力を重視して、グループワークを行い、インシデントを例に問題点と対策立案の演習を行い、エラーから学び、改善していく能力の養成」に注力しました。
そして、現在の大学院大学では、医療安全に関するリーダーを育成するため「教育の実践能力の養成」に注力しています。院生には、医療機関や教育機関の多職種の社会人が多く「ブレインストーミング、エラー分析、ロールプレイ、チームトレーニング、シミュレーションなど様々な演習を導入しています」。医療教育の新しいトレンドは「コンピテンシー開発による実践的な問題解決能力の養成」だとしています。
このあと、「医療機関における職種横断型教育の現状と課題の明確化をめざして」と題して、小野セレスタ摩耶・滋慶医療科学大学院大学専任講師が「医療安全教育に関する実態調査の研究報告」(こちらをご覧ください)をしました。
また、一般演題は4件の発表がありました。テーマと演者は以下のとおりです。
「危険予知トレーニング実施の安全意識比較」
(箕面市立病院 福田将誉氏)
「当院におけるチームSTEPPS 導入研修の実際~事前準備から導入に至るまで~」
(地方独立行政法人堺市立病院機構市立堺病院 松川訓久氏)
「中小規模病院における医療安全教育方法の工夫“SBAR”導入教育の実践と教育効果の検討」
(三菱京都病院 林知江美)
「第1回事故想定訓練の振り返り」
(特定医療法人社団御上会野洲病院 乾悦子氏)